In to the moratorium

~農学院生のブログ~

”自虐”についての考察

私は会話の中で自虐を取り入れることが多々ある。

例えばこんな感じ。

 

友人「昨日の飲み会かわいい子多かったけど、どうだった」

私「緊張してなんにもはなせなかったわー」

 

とくに知り合ってすぐの人と会話している時など、無意識、時には意識的に自虐めいたことを言ってしまう。自虐と聞くと自分をさげすむことを自分で言うわけだからネガティブな印象を与えるためいうべきではないと考えるひ人もいるだろう。

しかし僕は自虐的な発言も場合によってはコミュニケーションの有効な手段になるのではないかと思っている。自虐的なことを言うことである程度謙虚な人という印象を与えることができると思うし、自分自身初対面の人とあった時自分の武勇伝を語ってくる人よりは、失敗話で笑いを誘ってくれる人の方がずっと好印象を持つ。人にめんどくさい人という印象を与えず、同じような感覚を持った人に自分を理解してもらうためには自虐も一種の有効な手段なのではないかと感じる。

 

しかしこの自虐、使い方に気をつけなければならない部分もある思う。

 

まず度が過ぎてネガティブなことを言わないことだ。

自分は基本的に自身がない人間なので時として必要以上にネガティブな発言をしてしまうことがある。会話の中でそういう発言をしてしまうとだいたい場の空気がこわばり、相手の苦笑いを誘ってしまう結果となる。普通の人は暗い人より明るい人と付き合いたいと思うし、ネガティブなことばかり言っていると自然と人は離れていく。あくまで余裕を持ちながら、変な言い方になるが「ポジティブな自虐」演出しなければならない。

 

もうひとつ気をつけなければならないことは、言う相手は選ばなければいけないということである。自虐を言ってはいけない相手がいる。それは上記に書いたような「自分の武勇伝を自慢げに語るようなタイプ」のことである。こういった人種はそもそも自虐を言ってしまう人の気持がわかっていない。自分が親睦を深めようとして自分の失敗談や恥ずかしい話をしてもそれを本気にし、ネタにして後々いじってきたりする。僕らのような人間が武勇伝を語る人たちを理解できないように、あっちも自虐をするような人の気持ちはわからないのだろう。自分から自虐を言うのはあくまで一時的なネタであってその後の何度もそれをいじられるのはあまりいい気がしない。

 

コミュニケーション技術としての自虐、メリット、デメリットを把握してうまく利用していきたい。

 

ganseki2816.hatenablog.com

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